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March 7, 2011

東京はCreativeのHubに成れるか?

最近、デザインのハブとか、ハブ空港とか良く聞く。ハブは自転車の車輪のHUBとSPOKEから来ていて、ぐるぐる回る中心に成るってことを意味しているらしい。

例えば香港の空港はアジアのハブ空港になっている。これは24時間いつでも発着して、着陸料も安く、便利で許容力が有る空港。それに対して成田は不便で夜は着陸できないばかりかいろいろ規則が有る。空港も運輸省や空港公団や幾つかの役所が管轄していて全体をまとめてみれない。

ハブに成ることの一方の必要条件は便利でキャパシティーがあり、何でも認めてしまうことができるところ。でもそれだけではハブ空港に成れない。一方はデザイン的に進んでいて、文化的に優れていて、現代のアイコンとなっていることが大切だ。各国の空港は、国の総力を挙げて、その国の建築と文化のレベルを競っている。別にその国の建築家である必要はなく、その国がこの程度、文化を理解して表現しているって言うことだと思う。

ハブを支える両方の軸は許容力が有ることと、もう一方は、アイコンとして夢があることかもしれない。そこを中心にしっかりとしたスポークが各方向に伸びていること。そしてそれが廻っている状態を出現させていること。こう考えると、もしある都市が文化のハブに成っているとしたら、それはどのような要素を満足しているのだろうか?

ふと今朝見たテレビの番組で、韓国の英才教育を特集していて、そこの校長先生が、ノーベル賞を取れる人を作るのが目的だと言っていた。ガリ勉の延長にはノーベル賞はないと言うのがぼくの持論だけどそれはさておき、ノーベル賞はスウェーデンの王立アカデミーが今年は各方面で一番意味が有る研究をして、成果を出した人やチィームに与えられるもの。

ここでスウェーデンはアカデミズムのハブに成っていると言うことに着目したい。別にスウェーデンの学術レベルが世界一と言うわけではないけれど、その姿勢が、最もアカデミズムや学問の成果を評価する基準として優れていると言うこと。そのポジションがスウェーデンと言う国家としても世界から認知していると言うことだと思う。

ぼくはスウェーデンに良く行き、友人も多いし、一緒にデザイン展などもよくやってきた。スウェーデンやフィンランドの教育レベルは世界で有数だといわれている。でも誰もガリ勉をしているようには見えない。塾に通ってるようには見えない。実際、若者は集ってよく話しているし、何にでも興味を持っている。

デザイナーも日本のことや世界中のことを好く知っている。気軽に外国に行く。日本でもスエーディシュスタイルのイベントをしたときは何百人もやってきた。別に天才デザイナーではない人達も、みんな混じってやってきた。フリーでカジュアル。リーダーシップを取ってビジョンを形にする人がいる。こういう点でスウェーデンは優れている。人口もGNPも大したことはないけれど、世界中の学者の目的になるノーベル賞を持っていると言う点ではアカデミズムのハブと言えるかもしれない。

日本がもし今後、文化と知性とデザインで世界の中で存在感を持って行くことができるとしたら大いに此のハブに成ることをきちんと仕組むことが大切ではないかと思う。教育から始めるのは解っているとしても、ガリ勉英才教育ではないことは解っている。では何か?

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