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February 10, 2010

グリーンなライフスタイルと創造的生活との関係 #2

ヘルシンキに一泊してからスウェーデンに来ている。これからレキサンドを廻ってトラックでマルメに行きそれからコペンハーゲン寄って、日本に帰る。

僕はいつも旅行する時、行きたいところの前か後に必ず他の都市を入れるようにしてる。例えば12月にオーストラリアにいくのに、わざとバリに寄ってから行ったり、ミラノに行くのにパリで2泊してからにして、帰りにロンドンに寄って帰ったりする。

昔は時間があって、ロンドンのフラットでぼーっとしていて、新聞でパリやアムスに行く安いチケットがあればそのまま出かけたりしたものだった、

その後、世界1周便で何回も廻ることで世界観を作ろうと自分で勝手に決めた時期が10年近くあった。これは僕にとって大切で、旅がしたいのであって、旅行をしたいわけではない。目的地に移動して仕事して帰ってくることだけがしたいのではない。それでかれこれ20周以上は世界を廻った。

今回はフィンエアーに始めて乗った。JALがこうなってみると、北欧の小さい航空会社で、ちゃんと飛んでるフィンランド航空はどこがいいのだろうかと思って乗っていると、満員の割に、サービスも普通によく、JALみたいにバカ丁寧じゃないことに気がつく。

空港もそんなにお金をかけてないけど文化的にきちんとデザインされてる。食事の後もリサイクルしやすいようにカップを丁寧に分けてしまうっていう感じ、アメリカの航空会社のようにガサって捨てて袋に放り込むことをしていない、こうしたことも気をつけてみると航空業界は其の国の文化と合理的に社会が廻っているかの縮図だと思う。

日本がこのまま行くと若者の現状からして骨抜きにされている今、危ない気がするが、ちょっとしたことで一気に変わるものでもあるのでこれからを期待したい。でもアメリカの航空会社にはパイロットも目的地に着いたら機内掃除をしてまた出発みたいなすごい航空会社もあるからそれはそれで良く、一時のアエロフロートの無愛想なサービスを見るにつけ資本主義の競争こそが社会の進歩をもたらすのかなと思ったこともあった。

そういうわけで家具やライフスタイルのフェアに行く前にいろんなことを社会的に見ることができるし、デザイナーは社会企業家でもあり、文化人類学者や歴史家でもあり、情報発信者でもあるので、ひたすら会社の営業の為に売れ筋の製品の開発に携わるだけではないことは確かだ。この認識さえも危ないようではつらい。

昨夜も80人ほどの会食で、デザイナーや建築家、家具会社の社長やフェアの事務局や政治家がみんな集まった。フィンランドやノルウェイやオランダやドイツからも来ていて副首相の前に座った。なぜ僕がアジアの代表でもないのに日本のデザインの現状や今後の展望を女政治家を相手に話すのかは判らないけど僕の人生はこんな変なことが多いので、ひねた冗談を言ってやろうと試みた。

スウェーディシュ・スタイル以降日本では北欧デザインが人気で、それはスウェーデンのイメージに寄与していて経済効果も絶大ではないかということを言ってみたらよく理解してると言ってくれた。グリーンなデザインに対する取り組みを進め、それに対する姿勢がいい。みんな緩く喋りながら名刺を交換するのでもなくいろんな人種が話し合っている。そして決めは、空間自体がお洒落でこうしたパーティーにふさわしいデザインがさりげなくなされていた。

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ストックホルムファーニチャーフェアの壁。とにかく寒い中植物を取り入れようとしている。

February 3, 2010

グリーンなライフスタイルと創造的生活との関係 #1

先日NHKで見た日本のモノ作りの今後についての番組を思い出している。以前は世界の液晶テレビの大半を生産していた日本が中国や韓国のテレビに抜かれてしまった。そこで日本の科学者が集まり、最高の性能のテレビを作り、それを1台100万でも売っていこうという話を、モノ作りの原点を美化する訳ではなく、果たしてこれが生きる道かどうかという視点も入れて構成された番組だった。

最近NHKのこの手の番組は国営放送としての責任感が溢れ、実は僕は陰ながら応援している。僕も大人になってから骨董品収集に始まり、デザインやライフスタイルを軸に色々と考え、また各地への旅行を通して見聞きしてきたつもりなので、簡単には反応しないでおこうと思いながらも、これがこの2週間ほど頭から離れなかった。

まずモノ作りというのがモノを生産するということと短絡的に結びつけられなくなってきている現実がある。労働者といっても工場労働者の制服を着た姿とは結びつけられないのと同じだ。80年代日本がこうした電化製品や自動車を工場で大量生産して世界の工場かのように向ってきた時の栄光はそれはそれで凄いものがあった。

その頃アメリカではコンピューターやソフトの方向に向かい情報と金融で世界の中心に立とうと言う戦略に出た。それが90年代以降は成功した様だが、ここにきての破綻。一方ヨーロッパの国々は文化性と歴史を武器にブランドやデザインそれに総合的な力を大人の社会の底力を見せてしぶとくやってきた。

そこで日本はデザインや文化戦略の基本がなく、美しい日本を目指そうとした政権も短命に終ったし、一昔前の、生活が第一などと経済性と生産性の延長に夢の生活があるかのようなことをまだ言ってる。僕はこの俗っぽさがどうも苦手で、そんなら社会の端っこで静かに自分の好きなものに囲まれていきるからいいと思ってきた。

しかしその前に見たテレビでの明治維新の若者の生き生きした活躍や日本が開国するころの情況を見るにつけ岩崎弥太郎でさえも塾をやっていた、教えることと学習意欲は同じような活力なんだということに気がつき刺激を受けていた。

そこでこれから何回かに分けてこのブログでモノ作りとは生産性や効率だけでなくクリエイティビティーに根ざしたもうすこし大きな人間の能力に係るものであることを説明して行こうと思う。これから僕の料理の食べてもらう前ということで、まずはこの写真を。

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