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February 3, 2010

グリーンなライフスタイルと創造的生活との関係 #1

先日NHKで見た日本のモノ作りの今後についての番組を思い出している。以前は世界の液晶テレビの大半を生産していた日本が中国や韓国のテレビに抜かれてしまった。そこで日本の科学者が集まり、最高の性能のテレビを作り、それを1台100万でも売っていこうという話を、モノ作りの原点を美化する訳ではなく、果たしてこれが生きる道かどうかという視点も入れて構成された番組だった。

最近NHKのこの手の番組は国営放送としての責任感が溢れ、実は僕は陰ながら応援している。僕も大人になってから骨董品収集に始まり、デザインやライフスタイルを軸に色々と考え、また各地への旅行を通して見聞きしてきたつもりなので、簡単には反応しないでおこうと思いながらも、これがこの2週間ほど頭から離れなかった。

まずモノ作りというのがモノを生産するということと短絡的に結びつけられなくなってきている現実がある。労働者といっても工場労働者の制服を着た姿とは結びつけられないのと同じだ。80年代日本がこうした電化製品や自動車を工場で大量生産して世界の工場かのように向ってきた時の栄光はそれはそれで凄いものがあった。

その頃アメリカではコンピューターやソフトの方向に向かい情報と金融で世界の中心に立とうと言う戦略に出た。それが90年代以降は成功した様だが、ここにきての破綻。一方ヨーロッパの国々は文化性と歴史を武器にブランドやデザインそれに総合的な力を大人の社会の底力を見せてしぶとくやってきた。

そこで日本はデザインや文化戦略の基本がなく、美しい日本を目指そうとした政権も短命に終ったし、一昔前の、生活が第一などと経済性と生産性の延長に夢の生活があるかのようなことをまだ言ってる。僕はこの俗っぽさがどうも苦手で、そんなら社会の端っこで静かに自分の好きなものに囲まれていきるからいいと思ってきた。

しかしその前に見たテレビでの明治維新の若者の生き生きした活躍や日本が開国するころの情況を見るにつけ岩崎弥太郎でさえも塾をやっていた、教えることと学習意欲は同じような活力なんだということに気がつき刺激を受けていた。

そこでこれから何回かに分けてこのブログでモノ作りとは生産性や効率だけでなくクリエイティビティーに根ざしたもうすこし大きな人間の能力に係るものであることを説明して行こうと思う。これから僕の料理の食べてもらう前ということで、まずはこの写真を。

restaurant2010.jpg

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