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April 20, 2022

Do one good

犬に良くする
猫に良くする
他人に良くする
We do good to dogs.

僕らはラグビー選手だった髙橋イッソウと犬に良くすることを目的にした社団法人を作った。Do one good。

捨て犬や保健所にいる犬を救い、犬や猫の交換会を国連大学のファーマーズマーケットで行い、年間40万匹もいた殺される犬を2万匹に減らした。もう少しで保健所で殺される犬が全国でいなくなると思う。

My best friend is a dog.
僕の一番の友達は犬だった。

僕は小学生の頃から、むく、という柴犬を飼っていた。本当に親友だった。子犬の頃、犬を家に入れてはいけないと親に言われ、犬小屋で寝たこともあった。

大学生になってイギリスに行って、犬が電車やバスに乗っているのをみて、すごく感動した。本当に犬は人間と一緒に生活をすることができるんだ、ということを見て、社会はこうあるべきだと思った。

もしも僕に人類皆平等だという心が強いとしたら、それはこうした犬との関係から生まれたものだと思う。Do wan good. do him good , do her good. のoneをwanと、わんこと置き換えた。

ウクライナでは犬はどうしているのだろうか?ということを考える。子供や犬や老人を救おう。その為に活動を起こそうと思う。

宗教や正義のため戦争をしているとしたら、神道は、木々一本ずつに神が宿り、苔のむすのを見るにつけ、静かに平らけく和むことを願う。

ダイバーシテイーというけども、多様な人種、多様な生き方、多様な宗教や考え方を受け入れることをもっと進めたい。自然の苔庭を眺めながらそう考える。

ソ連の頃に友人のRodionに連れられてモスクワからサンクトぺトルスブルクからフィンランドまで旅した。彼は哲学とヨガと現代美術を愛し、合気道をやるために日本に来た。

その彼が去年、ウクライナの隣のモルドバに帰った後、戦争が起きた。彼とトルコ人の建築家のイルギンとzoomで話した。そして新しくモルドバに未来的な村ービレッジ作ろうということになった。

ひまわり畑と農業をやり、新しくシェルターを建てる。現代美術を置いて、デザインの良い家を建て、新しい仕事を進めるための村をモルドバに作る。

ウクライナからたくさん避難民が来ているので、国連大学で毎年僕らがやっているイベントFood to the peopleをRefugeeとやる。

建築家のイルギンはシェルターをデザインし、Rodionはヨガとメデイテーションを行い、現代美術をたくさん集める。そして新しい村のコミューンを作る。

https://www.bbc.com/news/av/world-europe-61099211

April 12, 2022

野良のススメ

野に良くする、と書いて野良。土に触れて耕して、野菜や米を育てる。また肥料をやり土を発酵させていい土をつくる。

冬は味噌を作ったり、藁仕事や大工仕事や農作業と云はれることをいろいろやる。百姓を100Worksと言い換えてみた。100の色々なことをやる仕事。それが百姓。

現代では自然に触れて作物を育て、自給自足の生活の基盤を持って生活を組み立てることが見直されて来たが、僕は土を耕すことが大切だと思う。

掘り下げてみて空気を土に入れて細菌を混ぜ土を発酵させることにより作物が生育されやすくする。それら全てを通して土に良くする、野に良くする、野良仕事。そこが重要な意味を持って来た。

学問のススメ

学問、問フヲ学ブ、と書いて学問。

本来学問とは学習や勉強とは違って、問い掛けの面白さや、質問の視点を学ぶというものだったと思う。世の中には下らない質問を解くのに躍起になっている。

そもそもそんな質問は意味ないじゃないか、特に現代においては携帯でググればあっという間に答えが出ることを知っていても意味ないかと思うことが多い。何を持ってその質問が生まれるのかが大切。

好奇心やヒラメキから生まれる問題設定、この問題設定こそが英知が必要ではないか?ウクライナ問題でも、民主主義や自由の獲得の大切さと大変さが、日本では闘つて勝ち取られたものではなく、敗戦により押し付けられたものとしてあり何がいけないかとか、どうあるべきかがあまり検証されづにあることが幸運でもあり不幸でもあると思う。

天は人の上に人をつくらづ、人の下に人をつくらづ。ということから、皆平等であり、民主主義があり、戦争反対が当たり前である。という幸運な状況が平和ボケと云はれる現代の日本の民主主義の現状であり衆愚主義と云はれてもしょうがない現実であると思う。

日本の食料自給率の低さ、貿易依存度の高さからして、大きな問題であるばかりか、物事をじっくり掘り下げづにできるだけ早く正解を得ていくという学習至上主義。面白い問いかけを楽しんだり、好奇心の先のイマジネーションを問いかけに反映させることが少ない。

これは野良仕事がなくなり、お金のための農業だけに注目されている現状の貧しさ、野良の良さをすっかり忘れている。これは学問の楽しさ、面白さを否定して、学習に走っているのと並行している。

March 28, 2022

Tech feudalism

ウクライナ問題は、一つには民主主義と、専制主義の対比から始まるように見える。

プーチンのロシアや習近平の中国のような、一人の専制君主の様な人間が頂点を極め、絶対的な権力を握るというやり方に対する世界中の反発のように思える。

プーチンがどんなに優秀で素晴らしい権力者だとしても、中央集権的な力を持ち、封建的な王国を作って行くようなやり方、封建主義に反発がある。

また一方、GoogleやFacebook(Meta)のようにテクノロジーのシステムでのプラットフォームによる中央集権的な機能に対する反発もある。

プーチンはお城のような宮殿を建てるし、マイクロソフトのビルゲイツは何十兆円もの個人資産を持つ。

現代においての民主的なやり方とはどんなものか?ギリシャ時代の民主主義もアテネとスパルタのように違った民主主義がある。

僕の小学校3−4年の愛読書のプルターク英雄伝に出てくるテミストクレスやペリクレスの様なヒーローとは違い、テクノロジーが発達した現代も封建的な思想がある。ただそれも一概に悪い事ばかりでもなく、仁や義や礼節など日本の古くからある良い所もあり、民主的なやり方は深いところで共通することがある。

それは互いに対し尊敬をもって接するということ。他者を尊重するということ。

資本主義の良くないところはお金がまずあり、それにより戦略とコミュニテイをたてると言うやり方から、最後はまたお金に戻ってくるというやり方な点だと思う。

ウクライナや現代の社会をじっと見てみるとまず行動や戦いがありそれからコミュニティーができてそれを支えるソフトウエアが生まれる。ということもある。

新しい形の戦争が今ウクライナでは生まれているようだ。一方アメリカの若者たちの中にはコンピューター社会に対する依存、モバイルに偏りすぎずに人と人との関係性の欠場に対する不安や反発などがある。

非中央集権、まず闘いや行為が先行してそれをソフトが追いかける。個人の思想や意思がついてくる。それはまさにブロックチェインのDiscentralizationとTracabilityとつながっているようだ。

人間は権力や独占に対してどれほどのエネルギーが注がれるのか?人の上に立つことに対する魅力は僕にはあまりないし、民主主義は皆を尊重して、たとえ時間がかかっても納得してもらってから一歩づつ前に進むというやり方をとる。

一方現代的テクノロジーの中で生まれた富の集中、権利の集中もありここにも矛盾がある。一部の個人が国家予算よりも巨額の富を持つ。これは現代のテクノロジーが生んだ封建君主的な立場を作ってしまった。

一方、日本の国内の思想や風習にも現代と合わないことがあり、僕は最近日本的な風習の中に潜む良さを発見して楽しんでいる。

だから現代のアメリカ社会で起きている価値観が全てではなく、歴史的に見て、日本的な価値も深いところで理解して、ユダヤやキリスト教的な発想もよく理解して世界で起きて行くことを見ていくといいと思う。

「ちょっと待てよ?何が問題か?」をもう一度考えてみよう。しかし、それにつけてもウクライナでは子供達が殺されていることは本当に見るに忍びないことだ。

January 13, 2022

IDEE UNIVERSAL

僕の仕事は、青山にCROAという、CROW(鴉)から名前をとった骨董屋を作ったことから始まっています。

当時のあの場所はまだ、骨董通りという名前もなく、渋谷から六本木まで走る都電が通る、都電通りと呼ばれていました。

その頃、弟のシンジがロンドンに留学していて、彼の骨董収集癖を伸ばしてやろうという考えもあり、エジソンの蝋管蓄音機や、ONOTOやWatermanの古い万年筆や、Dunhillのオイルライター、ガラス器などを送らせて、CROAで売り始めました。

CROAには、カラスはなんでも収集する癖があり、カラスの巣はそうして集めたもので作られていることが多いことから、カラスの巣のような骨董屋を作ろうという意味合いで始めました。

ちょうどその頃は骨董ブームで、青山では、西洋骨董は僕らが中心になって始め、和骨董は中嶋誠之助さんが古伊万里染付の専門店「からくさ」というお店をやってらっしゃいました。そうしてこの通りは、骨董通りという名前になりました。

ちなみに去年作った会社も偶然カラスにちなんだ、WATARIGARASU(ワタリガラス)という名前です。

しばらくお店を続けている内に、骨董のランプやガラス器などのインテリアが好きになり、また興味が家具など、大きなものに移っていきました。そこで建築やインテリア、アートやデザインを自分で学びました。この時も先生は骨董屋さんでした。そしてイギリス、フランス、アメリカを回り、世界一周をして家具を買い付けしました。

50年代や60年代のデザインに興味が移り、パリの蚤の市で見つけたセルジュ・ムーユのランプから、当時デザイン学校で教えていたセルジュの家に行き、そこで鴨をご馳走になったりして、彼を日本に招待してオリジナルの型を分けていただき、FORMというブランドを作り売り出しました。

そうしているうちに、当時まだ若手だったPhilipp Starkを日本に招待して、当時始めたIDEEという家具のオリジナルデザインの会社から発売しました。また、Marie-Christine Dornerという若いフランス人のデザイナーの家具を発表したり、Marc Newsonという才能を発掘して世界中で展覧会をやったり、まさにデザインの中心で活動をすることになりました。

そしてSputnikという活動を始め、世界の新しいデザイナーと組み、家具を中心に様々なデザインを発表しました。Tokyo Designers Blockというデザインイベントには世界中のデザイナーが集まり40万人が参加しました。一瞬かもしれませんが2001-2003年は東京がデザイン界の中心になりました。

その後は、R-projectというRethink、Reset 、Recreateをする会社やムーブメントを作りました。そして良品計画にIDEEという会社を買っていただき、僕はスクーリングパッドという学校法人ではない 「学びの発射台」を中村悌二さんと始め、その後たくさんの会社を設立してきました。

IDEEを買ってもらった後、IDEE UNIVERSALという会社を設立して、いつかまたデザインや建築に戻って来れたら良いと思っていました。2009年頃から国連大学前でFarmers Market @UNUを始めました。その後、石川県小松市の苔庭に魅了され、北陸の古民家や工芸を再生すべく、地方再生をやり始めました。

次第に農的な働き方にも興味を持ち、それまで海外の文化に向かっていた興味が日本に向かいました。そして、小松市の滝ヶ原に古民家を購入して、カフェに改装したり、一方、IDEEの頃始めたR projectの流れで、古い都心のビルを借りて自分たちで改装して、働く場所としてMidori.soを始めました。

また去年から新しい働き方のメディアを作るべく、WATARIGARASUを設立しました。

つまり、色々な活動を通して、社会を変えて行く事を目指して来たという訳です。思えば、IDEEの頃からa house as a furnitureなどという企画をしていて、家具からインテリアデザインや建築、アートにも関心が向いていました。

そして今回のコロナウイルス禍がやってきました。働き方から資本主義の未来まで、根本の考え方を考え直さないといけないのではないか?と考えるようになり、良い大学を出て大企業のサラリーマンになり安全な生き方をして一生を終わるという、日本の人生のパターンを考え直すべく、最近は自分の身の回りから働き方を考え直したいと思います。そこでこの度、IDEE UNIVERSALをスタートさせるべく準備を始めました。

January 5, 2022

新しい気持ち

2022年のお正月にあたり、色々考えてやり始めます。

新年といっても、別に何も変わらないじゃないかと考えることもあるけれども、折角だから、新しい気持ちを思い切り引っ張って、素直に新しくやることを書いてみようと思います。

「明けましておめでとう」という言葉自体をどう捉えるかはありますが、ここは素直に新しい気持ちを発揮して、去年までのことは水に流して、「新年明けましておめでとう」と言いたいと思います。

昨年は、いやこの年は人類の歴史にとって初めての経験が沢山ありました。まずは、世界中で初めて、今までの歴史上になかった、コロナウイルスのために旅行が制約されました。今までも疫病はありましたが、飛行機やすべての交通機関を通して、より早くより遠くに旅をすることを真っ向から否定された経験は初めてだと思います。

僕もここ10年以上、毎年20回以上世界に旅をしながら生活してきました。しかし、去年は初めて海外に行く事もなく、国内にいると、それはそれで良いものだと思えるようになります。これはこれでそういうものと思えば、それでいいというようなものです。

大震災の時も津波で流された海沿いの街に真っ先に行き、今までの我々の文明の発展の方向を考え直す時と思ったのですが、また元に戻るような価値観で、僕の考え方と逆の方向に世の中が向かうのを見るにつけ、ガッカリしたり残念だったり、自分の歴史観に対して、真っ向から否定されたように思ったものでした。

今回のコロナウイルスのために旅行が制約されたことは 人類が移動を制約される経験を受け止め、ちょっと待てよ、今までのままではいけないのではないか?と考えてしまうのが僕の思考方法です。この事をどう受け止めて解釈して次につなげるか?そこが僕にとっては肝になってきます。

ちょっと待てよ、現在地球上は人類が増え過ぎて、人間の欲望のままに酸素を使い、二酸化炭素を排出して、自然を破壊して、あまり賢いとはいえない行動のために、気温が上がり、汚染され人類が生存する事もままならないようになって来ている。ここは賢明にも、欲望を抑えるところは抑えて、文明の発展の方向も考え直して、人類存続を目指して、もしも人類が賢明な生物だとしたら、色々考えてやっていかなければいけないのでは無いか?という考えが現実のものとなってきたと思います。

また現在も続く世界中での争いの事もある。もし本来幸せを我々にもたらすはずの宗教が機能しなくなっているとしたら、日本の神道のように緩く自然崇拝を入れ、すべての木々に神が宿るといった、一神教では無い神様の概念を交えながら宗教を考え直してみることが必要かとも思う。

ギリシャ神話でいたずらな神様も登場するように、日本の神様も常に正しいとは限らないといった大きな緩さが大切だと思う。ここで「水に流して」という日本の文化が生かされて来ると思う。日本人の持つ自然観、宗教観、人生観が必要になって来る。

僕の一族は、明治の時代にフランスに留学して陸軍のシステムを学んだり、火薬を開発したり、航空力学を学んで飛行機を作ったり、大叔父などは東大を出てからドイツやスタンフォードなどに行ったりと、まあ風変わりな武士の末裔だったようだが、僕はというとロックに影響され、物理と哲学をかじったヒッピー少年のようなもので、60年代から世界中を旅してきた。

その人生観からして、今回の世界の状況を見るにつけ、人間の歩みを考え直すいい機会だと思う。そこで資本主義経済を考え直し、宗教観を考え直し、文明を考え直し、文化を作っていくことをやっていきたい。

今までは、大学出てから骨董やったり、家具やデザインに凝ったり、アートや生活の探求を考えたり、学びや生き方や働き方を考えたりしてきた。そして農的な働き方や生き方を考えた。僕が高校生の頃は世界の人口は30億人くらいだったのが、今は70億になり、もうじき100億人に届くと言う状況で、高齢化も進んでいます。

そこで日本人は今までの貧しい生活を、大多数の人が生活に困らないくらいに豊かになり、皆、中産階級に所属して、自分の家を持ち、より安全に生活するという方向の価値観に向かった来た。

しかしその次に来るものに目的や努力目標が見つからずにいるのが現状では無いか?僕はより美しく生きたり、美を求めたり、趣味性を追求したり、音楽や植物に興味があります。

しかし高みを求めないで、現状に満足するという方向の価値観になり、行き詰まり感が出てきているのが現状と、僕は感じています。

経済的な目標や大きな欲望や目的を見つけることが難しく、教育もすべて満足して小市民的に暮らしていく様に仕向けているようです。

そこで今後は、欲望というより希望を求めたり、対立することや競争することではなく、一緒に協力していうことに喜びを見つけたり、戦争するより仲良くすることを目的にして、量的な増加より質的な上昇に目的を向けていくことに転換して行くことが大切です。


その役割を今までは宗教が担って来ましたが、これからは自然にも学ぶことも大切になって来ると思います。宗教から転じて大自然の叡智から学んでいく。というように文化人類学的にも、アマゾンやアフリカやアジアの人々から学んでいくことが大切です。

それも素早く学び、手際よく修正していかないと間に合わないというところに来ています。新年こうして考えると、前途洋洋、大活躍していかないといけませんね。大きく胸いっぱい息をしてやらないといけません。

September 6, 2021

内部告発

最近、ブロックチェーンの中央集権的でなく、事実の認識を追いかけていく方法について考えている。これは、企業の目的やテーマに惹かれて就職したら、実際にはその会社は嘘ついてたり事実に反していて、それを内部告発すると会社に不利益になり兼ねず、また会社を裏切ることになる場合に内部告発するかどうか?にも関係している。

内部告発を米国語ではwhislebrowersというらしい。「ちょっとそれずるいです」よと笛を吹いて警告する役。イギリス英語ではpublic interest disclosure.があり、公共の立場で真実を明らかにする人を守る法律がある。

最近でも、日本の大企業が会社として嘘をついていたことが内部告発により発覚する事件が起きた。

会社の大きな目的は、社会的に良いことをやり、その結果利益が得られる所。しかし目的が利益になり、それも株主の利益の為にはなんでもするという事になると、創業者が始めた企業が社会的にpurpose driven なものではなくなる。

だからお金儲けは嘘が付き物、汚いこととなると、社会が悪い方向に行く。野菜の話でも、有機野菜と嘘をつき高く売る人は多いけど、基準を守ることだけになってしまうのもまたおかしなことになる。

真実は何処に在るか?利害を超えたところで考える生き方をする為には、幾つかの違う仕事をして、自由に生きないといけない。

結局、真の自由人として生きていける人は少なく、組織や人間関係に縛られて、真実を言って生きるのは難しい。

有機野菜一つとっても嘘やお金が絡む。法律だけではなく、自然に生きることを普通に実践して生きている農家の方は、健康で良い笑顔かな?と思っていたら、日焼けした、良い顔した農家の人が農薬や除草剤を平気でバンバン使うのを見て、ガッカリしたことがあります。

社会的に良いことをするのが大きな喜びであり、お金儲けにも繋がっていく社会のシステムにするのは、簡単では無いけど、やり甲斐があると思う。

August 17, 2021

If we are wise enough. もしも、人類に叡智があるのなら。

最近の大雨や台風の話題は、「何故起きるのか」ということはほとんど語られず、「何年ぶりの大雨で、災害は大変で、どうしたら生き延びることができるか?」という観点に集中している。

もちろん、目先の事が先ずは緊急なのだが、地球温暖化をストップさせない事には、こうした大雨はまた来年も起きる。

人口が爆発的が増え、経済優先の動きから足元の地球の危機が生じてしまっていること、人間社会の存続の危機が直ぐそこに来ていること、地球の自然が急激に損なわれて来ていること、などの本質的な認識から離れて、この災害からどう逃れたら良いのか?に観点が集中している、

どうしたら地球温暖化をストップさせることが出来るか?に注意が集中してこない。人類は地球上で最も賢い生物だとしたら、もしも叡智があるのなら、さまざまな方向から対応して行き、切り抜けることが出来るようにやらなければならない。

July 27, 2021

FOOD EXPERIENCE

今度、食べる体験をプロデュースする会社を作る。

今までファーマーズマーケットをはじめとして、滝ケ原ファームなど色々な方向から農的生活を探求してきた。
NORAHという雑誌を発行して、野良仕事の良さを基本に、野良をField Goodと直訳して、Feel Good(良い感じ)といってみたり、今までの価値観に揺さぶりをかけたりした。その流れの中で、農業をやっている人たちの、豊かさ余裕さなどから影響も受けた。

また飲食業が今回のコロナウイルスの件で打撃を受けて、今までのままではやっていけなくなってきている。そこで次の型として、食材を作りそれを料理し、サービスを考え、空間を持ち、生き方を考え、社会との関係や社会貢献も考えて、食べる体験を核に総合的にプロデュースすることをやって行きたい。

レシピ通り料理して、決められたサービスをして、人気の飲食店を作るだけでは物足りないし、これからはそれだけではうまくいかないと思う。空間や音楽や匂いやその場のもっている文化性も含めたやり方を考えてみたい。

滝ケ原では若い人たちや外国人の人達がNature schoolやFarm schoolなどを始めた。顔を出してみると農家の人や発酵家や醸造家や色々な人に素直な質問をして、講義を成り立たせていた。

一方的に教えるというのではなく、食を軸にどう組み立てていくか?を興味の中心にしているのが分かる。自給自足も視野に入れた、オーガニックで自然な食べ物を食べて、過不足なく生活していく。たくさんできたらおすそ分けしたり、美味しい食べ物ときちんとした食器や家具に包まれた生活。

滝ケ原ではそんなにお金はかけないけれど、心豊かに暮らすことができる。豊かな生活、きれいな空気と水、余裕のある、良い人間関係。
それをそのままファーマーズマーケットに表現してみたい。そして美味しく食べて、良い関係性の人間関係を築く事。

社会に良くしてみんなで美しく生きる。しかし現代の社会で思想やビジョンをもって生きていくことはとても難しい。その時の基本は晴耕雨読かなと思う。滝ケ原ではそれができる。体を動かして、土を耕して、作物を育てる。同時に都市でも働くし社会とも関わっていく。僕は野草が好きだから、ここで野草の花屋もやりたい。

July 21, 2021

ブロックチェーン

Satoshi Nakamotoという謎の人物が発明したとされる、ブロックチェーン。
あるいは日本人を含むグループが考えて、その人たちがナカモトサトシという日本名を使っているというのが通説で実際はアメリカ人のグループかと思われる。

お金を、中央銀行の発行する貨幣から、取引記録をオープンにした価値変換の技術をクリプトカレンシーで変換する技術の基礎理論になっているかと思われる。

そもそもお金の歴史は、弥生時代は石の貨幣、それから青銅の貨幣、それから金貨、そしてお米が何万石といったように、富の中心になってきたり、その後、貨幣も紙幣になり、それがプラスチックのクレジットカードになり、最近ではPayPayやLinePayなど様々な支払い方が出てきが、基本、中央銀行の発行した通貨ベースに地域通貨やクリプトカレンシーが加わって、価値変換のメデイアとして存在するものになってきた。

クリプトカレンシーは、ビットコインやイーセリアムなどが代表的で、送金も簡単になった。中央集権的な価値から、分散する価値を誰もが見れるようになり、ネット社会の進歩により取引記録を白日のもとにさらすほうがかえって悪いこともできなくなり、フェアな社会になっていくのかと思われるし、情報の共有が、秘密主義を排していくことになるのでと思われる。

トレサビリティーとディセントラリゼーションが大切になってきている。そこで最近考えるのは、資本主義がいきずまり感が出てきたこと、世界の人口が爆発的に増えて、食料と水が限界になってきたこと。

バッタのように人類が増殖して、地球上を覆いつくさんばかりになり、その食料も人口的な農薬に犯され健康にもよくなく、人間の活動もこのままではいけないという事で、サステナブルという、持続可能というよくわからない言葉が頻繁に使われるようになってきた。

持続可能な開発とは一体どういう事か?何を目的にして、何をもってして持続可能性と言えるのだろうか。とにかくこのままでは人類社会は終わってしまう、食の安全はどうなっていくのか?今のままで社会は良い方向にいくのだろうか?世界は一体どうなるのだろうか?

特にコロナウイルスによって世界は一体どうなっていくのだろうか?人類は賢くてスマートなはずではなかったのではなかったのか?一体人類の叡智はどこにいってしまったのだろう。

今必要なのは思想であり処世訓では無い。金儲けに賢い知恵より、賢明な叡智だ。そこでお金の本質を考えていくことにする。

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