今から必要な知性

August 31, 2008

現在の日本の教育水準が低くなっているとの指摘がある。60-70年代はまだ塾や様々な学習設備がないにも係らず、日本の小学生の水準は高かった。しかし、これもどういう問題に対する学力なのかが重要だ。

数学や理科など様々な知識を持っているかや、独自でユニークな発想があるかという点ではなく、みんなが知らなければいけないことを人より多く知っていて、人ができないことを相対的(偏差値的)に解決する能力がことが主眼になっているようだ。

昔はもっとガキが遊んだ。遊び道具も自分で作ったものだ。テレビのクイズ番組のように東大や慶応を出た奇麗な女優が賢くよく物事を知っている、というような意味での頭の良さは、微笑ましいがそれだけのものにも思える。

世界で消費と生産が伸び、経済が拡大し続け、日本の企業がみんな足並みをそろえて護送船団のように発展していた時代は良かった。文明が発展し続けると見られてきた20世紀的な価値観の中では、頭が良い、偏差値が良い、エリートだというのが良かった。

しかし急激に変化する世界の価値観にどう対処して、どこが本質かというSubstance (sub=サブウエイのように見えない下にある、stance=立脚点や立場。即ち本質の事。)や、何らかの真実を読み解く能力をどうつけて行けばよいのだろうか。

つまりこれからの時代に必要なものは何か。現在は、明治維新の頃のようとはいわないが、戦後の混乱にもあたるような大きな波が押し寄せてきているようだ。

正直で現実を正視して、世界の状況を比較しながらその中に真実を拾って行く能力、決まった正解を導く能力だけではなく、未知の答えを引っ張ってくる能力。

歴史観、人間観、美意識を磨きそれに基づき、現実の問題を掘り下げ、それを今の自分の行為、つまり仕事にして行く能力。これを養うことが、僕がスクーリングパッドで一番やりたい事だ。

デザイン能力、情報対応力などは、こうした経験を重ねコミュニケーション能力が進化する事により得られると思う。

そしてスクーリングパッドのクルーの中から、世界中で活躍するデザイナーや、デザインイベントを企画したりする者や、今構想している国連大学のグリーンキャンパス化プロジェクトに参加して世界を俯瞰する者などが出てくることを望んでいる。

またスクーリングパッドでは、Home Roomという新しいコミュニティーネットワークのシステムを作り上げようと思っている。これにより各クラスの相互の問題を情報化し、プロジェクトを打ち立てて行くことが可能になる。

企業にも奨学金などの面で働きかけるつもりだ。なぜならスクーリングパッドを出た人々が近い将来、社会で大活躍することを応援したいというボクの野望があるから。

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