ミツバチの役割

February 16, 2009

僕は子供の頃、植物少年だったので、よく深大寺や高尾山や武蔵野などで野草を探していた。そういう時にはよくアシナガバチやミツバチにも遭遇する。それで散々刺されたけど、それほど嫌な記憶はなくミツバチマーヤの冒険などと言って愛情を注いできた。

今回スウェーデンに行って認識したのは、今更ながら世界の自然の危機は先ず何故だか理由は分からないがミツバチがいなくなっていることにあるということ。なぜ大変かというと、ミツバチは植物の花から種を作るという点で大切な役割を果たしているため、種子ができないと、当然ながら新しい植物が芽生えない。

3年ほど前にはアメリカ中の蜂の70%くらいがいなくなった。去年はフランスのミツバチがいなくなった。原因は環境ホルモンだとか、農薬だとか、虫の伝染病だとかいわれている。その他、バイオの技術が悪い方に作用して蜂の本能が狂って自滅しているなど、色々な説がなる。

農薬のある種類は蜂に良くないのではないかと疑問が出たとき、フランスなどではすぐ問題がありそうなものは使用をやめる。しかしアメリカはまだ決まった訳ではないとこの農薬を使い続ける。そして蜂が70%も80%もいなくなる、それも急に。これはただ事ではない。全てのその原因の可能性を根絶するように動かなければいけない。

スウェーデンのデザイン展では、LUND UNIVERSITYという400年以上の歴史がある大学の生徒が研究して、新しいミツバチの巣のデザインや、環境のデザインを色々と展示していた。日本だと数字を羅列してヒステリックにミツバチの危機と自然環境の危機を訴えるが、これに対してスウェーデンの方は、伝統の学問の力として美意識を持って自然感を再認識して行くということがやんわり打ち出されていて説得力がある。

ミツバチというとすぐ刺すということを気にして危険な虫かのように捉えるのは自然のことを大切に思っていない。蜂が刺すのは、攻撃を受けたときか危険を感じたとき自己防御としてさすのであって、自分からさすのではない。なぜなら刺せば自分も死んでしまうからだ。

現在の日本の自然感は二酸化炭素、排出ガスのトレードに代表されるように非常に数値的でありそれ以前にある自然に対する興味や愛情を先ず考え、自然感を持つことが抜けている。蜂に対する愛着を持つのは急にはできないかもしれないけど、蜂は大切な自然の循環を作っているんだという認識は子供に持たせるべきだ。

危険には近づかないという教育はいけない。蜂は何も危害を加えなければ刺さないばかりか、きれいな花に実をならしてるんだということを良く知るべきだ。

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ストックホルムファニチャーフェアでの蜂の巣の展示

イスラエルの春、ガザの冬 ▶

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