現在の教育の教えていないところ

March 27, 2009

先日、友人のギャラリーオーナーが、講師として美大に教えに行ったら、ヤバかったという事を言っていた。何がどうヤバいのかと聞くと、生徒も先生もヤバいそうだ。

まず先生が一昔前のアート理論と有名画家を追っかけるだけで、本質的にアーチストに対してのアドバイスをすることができない。アートで生きて行こうという姿勢や方法がないままアカデミズムの元、アートを理論と実践から教えるだけだと言う事だ。

これは一般大学でも社会に役に立つという名の下、就職させるための教育を行い、ただ会社に送り込むためのものになっている事でも見受けられる。これでは専門学校と同じ姿勢で、本質的に今の時代を考えて世界観を持ってどう生きて行くかの力になれない。

ゴルフだってタイガー・ウッズにもレッスンプロがいるぐらいなのだから、アーティストやデザイナーなど創造的に仕事をして行く人にもレッスンプロの役割をする、インスピレーションが与えられ、社会の実際を考えることができるアドバイザーのような人が欲しい。

一方、学生にも資格を取れば有利だとばかりに、有名大学の卒業資格を取れれば良いという姿勢が見受けられる。しかしこれは今までの生産が拡大し続ける事を前提とした世界では機能したかもしれないし、もう一段上というか次元の違う価値基準で社会が変わる中では対応できなくなってきているのではないだろうか。

つまり有能なサラリーマン養成機関としての大学ではない、新しい大学的なものが必要となってきた。それには従来の先生タイプよりも、生徒のやりたい事を気付かせてあげ、本人にも見えない事をアドバイスしてあげれる事を好きな社会経験のある人が欲しい。

実はこうした人は社会には潜んでいるのだが、今までの教育者の中にはいないかのようだ。ここら辺はどうやら本気でやる価値があると思えてきた。スクーリング・パッドを始めて4年が経ち、益々若い人の可能性が見えてくると、この辺を良く押さえて次に持って行きたいと思う様になってきた。

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