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July 2, 2009

編集力、キューレイション

現在、ウェブとリアル社会の遊離が叫ばれ、もうウェブデザイナーというだけでは簡単には仕事が来なくなりつつあるし、ただコンピュータに慣れ親しんでいるというだけで企業パンフをホームページに変えるという仕事も一巡してきた。

そこでで本当に情報やメディアを考えてプロデュースして編集し尽くすことが要求されてきた。

そのとき作業としてどうしたら良いか、すぐ結果を出す様にするにはどうしたらいいかという風にとかく日本の企業ではなりがちだが、編集というのはと、もう一度ほぐして、そもそも何のためにやるかの原点を再考して更に前に向う。

その編み直し組み直しが編集の基本だと思うが、僕はそこに美意識や思想がないと、きれいにまとめてくれないとというキュレーションの力が必要ではないかと思う。

画廊で画家を取り上げたり、どの方向からの視点を持ってエキシビションを組み立てて行くかを美に対する思想をもってやって行くのがキュレーションで、一時ベルギーの小さな街ゲントという所に或る美術館のヤンフートという若いキュレーターが美術界にいきなり大きな地位を築いたことがあった。

それは彼のキュレーションで今までの美術界をひっくり返すような色々なアーティストがデビューし、現代美術に対する視点に革命がおき、それは大きな波紋が広がった。そこでなされたことは編集であり、プロデュースでありディレクターの仕事であった。

僕は最近の自由大学で学ぶということをキュレーションするということにこだわってみた。骨董品に見所や見立てがある様に学びにも視点や見立て、そして編集し表現することが必要だと思う。

しかし何となくここまでは解ってもヤンフートみたいにそれで持ってエキシビションを成立させ、沢山の人を集め、プレスや広報だけでなく美術理論界で大きな存在になり、いい感じに持って行くというのは実業家的なパワーすらも要求される。ここが大切だと思う。

そこで次のクリエイティブリーダーシップが必要に成ってくるという風に僕の頭の中では世界が出来ている。編集学校、キュレーターなどとボクが使う言葉が嫌みなく広がって行くと良いけど。

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