2020年の食卓をスエーデンで考える

September 29, 2009

エアフラの夜便はパリにいくのには良い。22時頃出て4時ころパリに着く。夜に成田にいくのはハワイぐらいだけど、空いているし夜寝れて朝から動けて良い。

お昼頃出て夕方着くヨーロッパ便よりも、同じ時間が得する感じならこの方が僕には良い様に感じられる。

僕は日本を出て外国に来て、いろいろな違いを知って、やっぱり日本が良いとは言いたくないと思って今まで生きてきた。地方から東京に来ている人でやっぱり都会は怖いというのに似ている。

なにが怖いんだ。と言ってしまう。始めてヨーロッパに来た1971年、南回りのエジプト航空で途中カイロに泊まったりしてロンドンに入ったとき、飛行機から見た街路灯が赤くてクラッシクな感動を覚え、当時はやっていたロンドンのロックの曲と合っている様に感じて以来、とに角どこに行っても住んでみたいと思う。

というか、ここに住むとしたら何処でなにを食べてどんな部屋で生活するかをイメージするのが習慣に成って、それが僕の想像する力と創造力の源泉のような気がする。むしろ生命力の源泉かとも思える。

そういう感じの、何処でも楽しめる根っからの旅好きの日本人はたまにいる。そうした若者を見つけると嬉しくてしょうがない。僕もかれこれ35年以上平均すると年に10回は日本を離れているので350回以上海外に旅して、それも自分でほとんどお金を払ってきた。

安いチケットからコンコルドやファーストクラスまで何でも良いからそのときの感じで飛行機に乗っている。なぜそんなに旅好きなのかと思うことがあるが、単純に飛行機が好きなのかもしれない。

親戚に飛行場を設計してたり、飛行機を開発してた人がいたというのは後付けの理由で、戦闘機のプラモデルを部屋中にぶら下げていたりした小学生から、流体力学がかっこ良く思ったりした高校生時代や、フィリップ・スタークやマーク・ニューソンの様に曲線に流れを持っているデザインとご縁があったりしたのも不思議な運命なんだと今日思った。

今、ストックホルムにパリ経由で来てみて、途中にパリのPLACE des VOSGESの昔から僕の好きなカフェで朝ご飯食べて、スエーデンにお昼頃着いてすぐに、グラフィック美術館で食卓の展覧会があるというから早速行ってきた。

現在食卓に並んでいるもの全ての、裏話というか、ストーリーと裏づけを表にしてみたり、食物のできるまでを分析し、如何に食べ物が自然と係ってできているかが事細かに書いてあり、興味深い視点で見せていた。

以前は冬にはマイナス20度になったのに、今は雪も降らなくなっていることや温暖化から、以前とは当然違うものを食べなくてはいけなくなるのではないだろうか。

あと10年もすると水が石油の様に奪い合いになったり、ミツバチが大量に死んでしまって、果実が少なくなったり、おかしなことが起きて食卓が変わってきそうだということを予感させる。

一体どうなるのか不安だ。又急激にそれに対する危機感から食生活が変わり、自動車が売れなくなった様に、変わってくるのだろうか。

とにかくこの10年は全てに目が離せない様に思える。人類は何か危なくなってからしか知恵を出せない種族な様でもあるので、急に変わってくることもあり得る。

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