なぜ農業が大切になってきたのだろう?

January 14, 2010

昨年の9月から青山の国連大学前でのファーマーズマーケットを陰ながらお手伝いしている。

世界中で普通に行われている週末のファーマーズマーケットがなぜか東京ではないように思え、数年前から機会があるたびに話してきた。池尻の学校でもずっとその話をしていた。そしてこのマーケットを始めるにあたり、僕は全体の流れや空気や雰囲気について、その底流に流れる世界の現状に対する認識などについて話し、関わることになった。

すると場所がよかったせいか、時代が求めているせいか、不思議な盛り上がりが生まれた。まず僕にとっては実行してる人のタイプをうまくキャスティングする事や、テントや什器や木のテーブルのデザインやオリーブの木の選定、グラフィックや小冊子の内容や音楽やアートディレクションをどうするか、そしてどう流れを作るかかがとても大切だったので、これをうるさく言った。そして今回メインに立ってやって下さった川畑さん達の会社の方々が上手く仕切ってやってくれた。

こうしたことの後ろには現在の世界の現状に対する認識がある。地球が無限に大きくはないことに気がつき、食料とか水とか自然に関して、自分の所属する社会さえ考えれば良いという訳にはいかなくなったことがある。

企業社会は成長イコール拡大を続けてきた。人口の爆発により100億の人が地球に住むような未来を前に、数字の上での増大こそが進歩とは信じられなくなり、ほころびてきたのだと思う。

そして農業や農的生き方が注目された。僕は「cultureはcultivateすることから」と考えてきた事もあり、食物を育てて食すことが文化そのものだと実感している。そういう訳で今年は新年から晴耕雨読している訳だ。

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