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August 27, 2008

都市はキャンパス

最近、スクーリング・パッドのクルーと旅行したり仕事で会ったりしていると、明らかにこうした優秀でデザイン感性が鋭い若者達は現在の世界の状況やそれぞれが置かれている社会での立場や仕事の仕方、少し上のジェネレーションの人達のやり方に疑問を持ち始めているのが判る。

80年代のバブルの崩壊は日本が製造業で築いた富を不動産や金融資産のようにバーチャルなものに頼りすぎたため、虚構が泡の様に飛んでしまったという事。その後、日本では新しくホリエモン達に代表されるように、合理的で新しいやり方での欧米型企業経営とコンピューター社会への期待から再びバブリ、またアメリカでも日本の80年代のようなバブルが崩壊した。

何かこうしたことが起きる東京という都市に暮らしていると、人々が動物のようにに思える。毒蛇やライオンやゾウやカバのような人がいるばかりか、冒険のように生きようと思っている僕としては都市はジャングルだと自分に言い聞かせてきたということもある。そして現代は都市にこそ冒険があると言ってきたし、何があってもただ毒蛇に噛まれそうになったんだと思って生きてきた。

最近ポートランドやシリコンバレーなどの創造的な企業では、本社をキャンパスなどと呼びながら企業活動を行い、若くて学校のような真理探究型、理想主義により近い働き方を目指し社会に貢献して行く姿が見られる。そして仕事としても大きく儲けている姿を見るにつけ、こうしたモードに自分たちを持って行き、スポーツをして健康的で美味しいモノを食べ、社会の状況を深く掘り下げ、そこら中で議論をして新しい試みをしながら進んで行く事を目指すべきなのだと思う。

それこそが企業活動の本質であり企業価値となる、そんな風に見える。そう捉えると、たまり場のようなカフェや本屋、自分の気に入った居場所があるということが物事を考えて行く上では大切だと気がつく。最近は都市の中にこういう場所がたくさんあるように変えて行こうと思うようになってきた。

例えば、原宿に様々な場所を作って状況としてキャンパス的になればもっと面白くなるのではないか。一方、都市を研究課題、フィールドワークの現場と捉えて、全ての事象に興味を持ってみて見るのも面白い。

こうした好奇心の設定に自己を持って行くことが一番良い。すると愚痴を言う場合ではなくなり、文句を言うよりすぐに試みてみようと思う。僕の仕事はこうして自分で心からそうだなと思えることを実現すべく、実体を作って行くことなのだと気がついてきた。

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