Swedish Love Storyー現在の出版界

February 8, 2009

デザインフェアに行くと雑誌の編集長に良く会う。今日はエヴァさんと再生したリドマーホテルで僕らのSwedish Style TVの内容を詰めた後、一人で道を歩いていると、向こうから知り合いの女編集長が歩いてきた。

懐かしい人と久しぶりにこんな所で会うとは、彼女はPenという雑誌で最高の売り上げを記録したときの名編集長で、現在はElle Decoの編集長。でもこういう風に書くこと自体エヴァさん的じゃないか。

というのも丁度この前の打ち合わせで、日本人はポジションで人を言うという話になった。例えばカーサブルータスの編集長の○○さん。という感じで。でも僕らは○○さんが○○の編集をしている。と名詞で終わらせないで、○○をしていると動詞で終わらせる。これをエバさんと話してきたばかりだ。

編集という人間の個性を大切にする仕事も、肩書き/ポジションからその人を表現するようになったのはどうしてだろう。僕は昔から人を人として見るというのが当たり前だと思い、名刺を渡し合うのが格好悪いと思ってきた。肩書きを確かめ合い、組織としては人が変わっても、一定の動きをやり続けることができるようにしている日本の会社社会を悪く言う訳ではないが。

カーサブルータスの編集長が今は誰かは知らないけど、僕がデザインに熱中していた頃は、女性の名編集長といろいろやり合って動きを作ってきたとこがある。そうした人間の個人の個性はこうした時代には輝いてくる。実は個人的に印象の強い人を懐かしんでいまも手紙の交流があったりもする。こういう時は手紙でないと。

今夜も深沢直人さんとこれも久しぶりにスウェーデンで偶然会ったけれども、彼も日本でお会いするのと違って見えた。お互いに気を使って紳士的な挨拶。結局コミュニケーションと言ってもデリカシーの問題、心の機微が分からないとデザインコミュニケーションはない。

エヴァさんから、デザインでのラブストーリーをテーマにして行こうと考えているというのを聞いて、今更ながらスウェーデン人のヒューマンな私的なデザインに対する愛と、その周りにある記憶やストーリーがそのデザインに対する人間性を形成しているのだと思った。

北欧のデザインの良さは、クラフトから来る温もりがそのままデザインに置き換えられているという所。だからいま日本でもその辺がスウェーデンなどノルデイックの国々のデザインが愛されてきている所以なのだとと思う。

しかし日本人は、若者でさえも自分の身分とか立場を気にする。ちょっとした気の利いた挨拶や、言葉に先ず自分を表現するような癖を付けると良いと思う。場の空気と瞬間に通い合う心、まるでラブストーリーの始まりと同じなのに、そこを外すなんて勿体ない。

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