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June 28, 2009

解なしという正解、無限解という答え

昨日、スクーリングパッドの8期の卒業式を行った。また自由大学(フリユニ)の申し込みが増え、多くの人がこれからの社会に有効な情報と学びの組み立てに参加して行くだろう。

そこで僕はスクーリングパッドのデザインコミュニケーション学部をより少数の、クリエイティブリーダーシップを育てるものにしたいと考えている。こういう人材を僕の目の黒いうちは責任を持って育てていきたいと強く思う様になった。

気がつくと僕の人生は特異な生き方の為か、自分ではごく当たり前な性格だと思っていたが、実は若者に幾ばくかの刺激を与えることができ、人生の転機におけるきっかけとなったり、覚悟の後押しをすることが多いようだ。

またゲストスピーカーとの関係性の妙、会話の面白さと、クルーという独自の生徒間のコミュニティーのユニークさ。普通の学校では知り合えない友達。

今回も何ら収入や地位には問題なく大企業で働いている有能な若者が、実は社会や世界の将来を憂い、自分の人生を変えようとしている界隈にいる人が多く集まってきた。

彼らから僕が引っ張りだしたのは、何でも明晰に答えを求める数学でも、解がないことを証明せよとか、絶対に答えがない問題が沢山あるという事。また解は無限に存在するということを証明せよとか、ほぼ人生の問題の解に近いことを証明することが多々あることを提示した。

その中でどうベストの答えを出すか。そうした自然界に生きているということ。そこでどのようにクリエイティブに生きて行くか。そもそも創造的とは何なのかを考える。

ともすると数字とお金しか確かなものとして考えられなくなってしまっている現代人の行き詰まり、閉塞感、絶望感。こうした現在の若者が、今までの価値で来た親父達が作ってきた社会の良い所と、うんざりしてる所を行き来している様が見える。

ここでインスピレーションから、確固たる思想まで引き出して、これからの新しい時代を作って行くのには、経験を重ねるべくワークショップの積み重ね、毎回考えて経験して納得してこそ確実なものになる。

良いことに今期からいろいろな委員ができて、自発的な動きが起きてきている。この辺の人達は僕よりも遥かに有能に動いてくれそうだ。だまされないぞという覚悟の若者は良い。決して甘くはないと思うが、こうした人が集まればきっともっと良くなるだろう。

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