悲しき熱帯

November 12, 2009

10月30日にレヴィ=ストロースが100歳で亡くなったそうだ。僕等の世代ではサルトルやフランスの哲学者と共にとても影響力のあった構造主義の中心人物が1世紀生きて天国に往った。

特に彼のことで記憶に残ったのに、彼の若い時にブラジルのアマゾンに社会学の調査に行き、ムルンギン族という種族の婚姻形態を研究して、それをまとめた論文の名前が、悲しき熱帯っていう題だった事がある。

まるで詩集やアルバムのタイトルのような名前。アマゾンの種族の婚姻形態と種族を調べに行くだけで凄いのにそれをこんなにお洒落な題を付けたのに先ず惹かれた。アマゾンに行くのは当時は本当に冒険旅行だったと思うし、僕の憧れていた勇気の在る冒険家、知識人ー思索家を見たように思い、とても興味を持った。

その当時、僕等の理科系少年達にとって良く分からないけど格好良い、ブルバキという数学者集団がいて、その郡論とこの文化人類学の種族の概念を構造主義で結びつけ、更にサルトルの実存主義をより大きなカテゴリーの観点から論争でやっつけたりしていて、本当にレヴィ=ストロースは格好よいなと思った。

文科系の人が数学の郡論を種族やそれらのカテゴリーの構造そのものに考えを持ってきたりするところがダイナミックな思考の自由さを感じた。

とかく人間は自分の所属している社会や種族を他より優秀だと思うものだし、そうしたところから愛国主義や郷土を愛する心があるのだと思うが、アマゾンに行ってそこでの結婚のシステムがキリスト教の結婚観と違うのはもちろん社会学、民俗学、文化人類学をまたぎ数学の郡論とつなげるというところに興奮した訳だ。

それは当時のヒッピー的な、ベルトも締めずにヒップでジーンズをはくいい加減な人種達に勇気を与え、思考の自由さと本質を掘り下げる面白さを教えてくれた。それらの中からコンピューターやアートの天才が生まれた時代だった。僕の中ではこの文化の多様性の概念の前に在るカテゴリーや分け方の基準そのものを考えるということがいたく気に入った訳だ。

それを悲しき熱帯などという洒落た題にして冒険旅行の結果を論文にまとめた人がいるというだけで嬉しかった。この偉大な人間が丁度100年生きて天国に行ったという訳だ。

現在、今までのカテゴリー分けでは分けられない事象が色々と起きている。人間が本当に賢い動物かと疑うようなことがそこら中に起きている。人類という種、日本人という民族さえも本質的に考えた方が良いような時期が来た。日本人は何なのか。日本文化とは。世界の文明の行方。人類の未来など今迄あまり考えなくても良かったことを考えるときが来た。

身近な生活とお金だけではない、少し大きな視点や、より本質に近いことを考えて勇敢に立ち向かいたいと思う。まず体を鍛え直さなくちゃと思いトレーニングの計画を立てた。明日から晴耕雨読的な日本人の思想でこのレヴィ=ストロースおじさんを乗り越えなくちゃね、という訳だ。

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